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なぜ、矢後至譜はただのサラリーマンなのに、ここまでプロレスを熱く語れるのか? 
なぜ、家族には全く理解されないのにそれでもプロレスを追いかけるのはなぜなのか?
なぜ、素人のはずなのにプロレスに関して造詣が深いのか? 
心無い人の”プロレスは格闘技じゃない” そんな言葉にも屈しないのか?
 
そんな私、矢後至譜の”プロレスファンライフ”をリアルに追体験してみませんか? 
「プロレスを見れば人生の全ては解決する!」そう心から思えるようになりますよ。
 
 
はじめまして!

矢後至譜(やご みちつぐ)と申します。

1969年生まれ 大分県出身 です。

歌番組で歌う女子プロレスラーとの出会いでプロレスを知り、小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを心に決めました。

その後、中学から高校までプロレスラーなるためだけに柔道部で身体を鍛え続け、卒業後に周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学しました。

 

しかし都会の誘惑に弱い心が負けてしまい一度プロレスラーになるのを諦め故郷へ帰りましたが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに数年後に再び上京、今度はアニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩みはじめました。

 

そして親と約束していた25歳まで挑戦していいという、その最後のチャンスにかけた、新日本プロレス入門テストの1ヶ月前にトラブルに巻き込まれ大ケガを負い、調整不十分なまま受けた結果は不合格になり、その時に試験官だった馳浩さんから投げかけられた

「無理だった止めて帰っていいよ」

という言葉に心が完全に折れてしまいプロレスラーになる夢を諦めました。

そしてサラリーマンを10年務めたあと脱サラし、コンビニエンスストアのオーナーとして独立、しかし経営がうまく行かず7年で閉店しました。やはりどこにもプロレスラーを目指していた頃のような情熱を見出すことが出来ないままフラフラと人生を送っていました。

現在は、知人の紹介で再びサラリーマンをやっています。

そして、挫折してから20年経って自分の心にも整理をつけて、それまで真剣に観ることを避けていたプロレスとしっかり向き合った時に、やっぱり楽しくて、やっぱり熱くて、やっぱりワクワクさせてくれるものだ!と気が付き、ブログやメルマガでその熱量を発信しています。

 

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