Road to SAKURA GENESIS の最終戦 2017/4/9 両国国技館まであと少しですね!

 前哨戦ともいえる後楽園ホール大会 その注目カード!!

NEVER6人タッグは最長防衛記録更新をするのか??見ものです。

 

・NEVER6人タッグ選手権の感想

・ベルトの価値

・まとめ

 

以上の3点を解説していきます。

 

Road to SAKURA GENESIS 2017/04/04 後楽園ホール

NEVER無差別級6人タッグ選手権試合

相変わらず入場から魅せてくれるタグチジャパン+助っ人外国人リコシェ

LOS INGOBERNABLES de JAPAN

の戦いです。

 

SANADA 選手のミラノさんへ向けたシャツアピール

 

「ME GUSTA(私はそれが好き)」

 

で始まった試合です(笑

背中にあった「#sotd」ってなんですかね?自撮りとかがでてくるんですけどわかりません。

それにしても、ここからすでにNEVER無差別6人タッグのカラーが出てますね。

 

序盤から各選手の「個性」がぶつかりまくります。

 

棚橋弘至 選手とSANADA 選手の腕の取り合いからグラウンドへの攻防から始まり

リコシェ 選手が華麗な空中姿勢でのフォアアームやゴムまりのような動きからの空中殺法で魅了し

田口隆祐 カントクはコミカルながら観客を巻き込む巧さで会場を盛り上げれば

BUSHI 選手がいぶし銀で緩んだ試合をピリッと締める動きを見せます。

SANADA 選手はもう完全に自分のモノにしたパラダイスロックで厳しいながらもコミカルな攻めを展開し

EVIL選手が小気味良い動きとパワーをあわせて試合を組み立てる技術力をいかんなく発揮する

 

よくよくみるとこれだけの個性を全て際立たせている

このNEVER無差別6人タッグは実にかわったベルトになっています。

ひとことで言ってしまえば

 

「キャラクター性重視のベルト」

 

ってことなんでしょうね。

それはそれで面白い価値観だと思います。

 

結局のところリコシェ 選手ひとりで締めて勝った感じもある

NEVER無差別級6人タッグ選手権試合でした。

試合内容はもう「楽しい」のひとことで説明できるものでした。

 

男臭さは微塵も感じられないけれど、これはこれでアリな気がしてきました。

ただメインを締めるにはちょっと厳しい感じもやはりしましたけどね。

このベルトはタグチジャパンあってのベルトになってきた気がします。

 

プロレス初心者向けなベルトかもしれないですね。

 

ベルトの価値とは

 

新日本プロレスが所有するベルトの中では正直いって権威性の部分でかなり落ちます。

これは以前にも言及したことがありますが

新日本プロレス 2017 1.5 NEW YEAR DASH !! 東京・後楽園ホール②

 

ベルトというのはやはり「権威性」なんですよね。

ベルトを持つ=強い選手

というのは一般的です。

 

どんなに小さい団体が作ったベルトであっても基本的にはその路線です。

その中に一部、ちょっとカラーの違ったベルトがあったりします。

◯◯TV王者

なんかがそれです。

 

選手の強さよりもキャラクターの濃さや選手の見栄えの良さにかなり重きを置いたベルトです。

TV局の一般層取り込み施策の色合いが強いからだと思っています。

そんな色合いが NEVER無差別級6人タッグ には出てきた感じがします。

 

新日本プロレスとしては、今後、一般層へのアピール用にこのベルトを使っていくのかな?

そんな深読みをしてしまいますね。

ま、そう考えると 棚橋弘至 選手をタグチジャパンのエースとして設定しているのは納得できてしまいます。

 

これからもタグチジャパンを中心に動いていくNEVER無差別級6人タッグになるでしょうね。

LOS INGOBERNABLES de JAPAN はもう絡まなくてもいいんじゃないの?って気もします。

やっぱりどうしてもこのベルトに絡むことで自分たちの格も落としている気がしないでもないんです。

 

プロレスは楽しさも大事ですけどやっぱり強さあってだと思うので・・・

 

まとめ

NEVER無差別級6人タッグは個性派選手たちの争うベルトなんだね

新日本プロレスの新規ファン獲得施策になっていく気がする

そうなると強さを求める層(ファンも選手も)には絡みにくいベルトになったな

 

ってことでしょうかね?

楽しいプロレス これもまた新日本プロレスの魅力ですね。

 

それでは!

 

追伸:

よければあなたの考えを投票してください。

NEVER無差別級6人タッグのベルトの扱いはあり?

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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