このふたりの関係はなんと言っていのか・・・

”相思相愛”

そんなとても陳腐な表現がスッと出てきてしまう。

 

新日本プロレスワールドで公開されたドキュメンタリー動画です。

あの、激しく熱い エディオンアリーナ大阪でのIWGPジュニアヘビー級選手権試合

そのストーリーをドラゴン・リー 選手の目線で語ります。

 

前後半に別れた動画ですが、メインは前半です。

<オリジナル 特別企画 NJPW Jr. #8 永遠の好敵手vol.1>

http://njpwworld.com/p/o_original_0008_203

ちなみに

オリジナル 特別企画 DRAGON LEE SPECIAL INTERVIEW Vol.2

http://njpwworld.com/p/o_original_0008_204

が間に入り完全版になります。NJPW Jr の企画とはちょっとズレるようで

別枠のインタビュー動画として公開されました(※全て有料コンテンツです)

 

後半は試合のダイジェストがほとんど(それでもありがたい)ですが、

最後にドラゴン・リー選手と高橋ヒロム選手の試合後コメントが入っています。

 

正直、一連のドキュメンタリー動画のためだけに新日本プロレスワールドに加入しても、全く損はしないと思ってます。

 

内容としては、ドラゴン・リー選手は終始、高橋ヒロム選手をリスペクトしている様子がうかがえました。

 

「ヒロムはようやく出会えた、一番最強のライバルだね。」

 

この言葉が全てを語っているのかなと思います。

 

事実、あの試合内容をみせられたわけです。

危険極まりない技の応酬は賛否を呼びました。

しかし、そこには両者の全幅の信頼感があったことは疑う余地はありません。

 

「コイツならここまでやっても受けてくれる。コッチも全部受けてやる」

 

この信頼感があってこそプロレスは成り立ちます。

そして、この信頼感は一朝一夕では生まれるものではありません。

そういう意味でこのふたりはとてもシアワセなんだと思います。

 

「一朝一夕では」と表現しましたが、このふたりには運命的なものがあったのかもしれません。

特別インタビューの方でドラゴン・リー選手は初対決の印象をこう表現しています。

 

「まるで自分とたたかっているようだった。鏡を見ているようだった。」

 

こんな感覚はそう簡単には感じられないんじゃないか?とわたしは思います。

百歩譲っても、何度もたたかって、お互いに相手を知った後に感じるものでしょう。

それを初戦で感じられるとは本当にDESTINOの関係だったのかもしれませんね。

 

ただ、ドラゴン・リー選手はこれからCMLLでトップの選手になっていくでしょうし、

そうなれば、今以上に海外の団体も黙っていないと思います。

なかなか日本に来ることが難しくなってくるのかもしれません。

 

同様に高橋ヒロム選手もIWGPジュニア王者として、

地に落ちた新日本プロレスのジュニア戦線を引っ張っていかなかればなりません。

 

今後ふたりが戦う機会は減ってしまうのかもしれません。

それでも、この関係はおそらく崩れることはないと思います。

わたしたち日本のファンはもう一度この戦いを観たいと思っているはずです。

 

いつになるのか?それはもうわかりません。

 

高橋ヒロム選手はIWGPジュニア王者として、これからあらゆるタイプの選手と試合を行い

IWGPジュニアの価値を上げていかなければならなくなります。

次戦、田口隆祐選手 戦 もしかしたらベルトを奪われるかもしれません。

 

そんなことはあってはならないのですが、こればかりはわかりませんからね。

丁度、大田区体育館大会で使われるPVが先日発表になりましたが・・・

もう、あきらかにタイプが違います。

 

しかし、その実力はだれもが認める選手です。

コミカルキャラや怪奇派キャラというのは、そのバックボーンがしっかりしていないと

すぐに飽きられてしまいます。

 

そこを飽きさせないどころか、人気を上げているわけですからね。

このカリスマ性をもった、”かつての”ジュニア王者を相手にベルトを守りきることができるのか?

ドラゴン・リー選手は信じています。

だから試合後にこう言い残しました。

 

「それまでチャンピオンでいてくれよ!」

 

次の対戦もきっとすばらしく胸を熱くさせる試合になると思います。

IWGPジュニア選手権試合 一体、何回目の防衛戦になっているかを楽しみにしたいと思います。

その時勝つのは・・・

 

それでは!

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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