THE NEW BEGINNING in OSAKA 大会で マイケル・エルガン選手を破り

見事にIWGPインターコンチネンタルを防衛した内藤哲也選手が翌日の公式会見がないと知るや

2017/2/13 東京スポーツに次期シリーズ NEW JAPAN CUP の改革案を独占で発表しました。

>>東スポWeb

 

内藤選手のコメント内容はこうです。

 

・春の最強決定戦という趣旨と違っている

・次期挑戦者決定トーナメントなら出場は辞退する

 

つまり、「春のG1」というにはあまりにもショボいということですね。

確かにこれは納得できる意見です。

 

さらに改革案としては提案したのは以下のとおりです。

 

・3王者(IWGP、インターコンチネンタル、NEVER)毎にトーナメントを行う

 

あー、なるほどねぇ

って、思いますよね。

 

確かに、いまの制度だと、優勝者が挑戦できるのは3王者のうちひとりだけです。

これだと他の2王座は選手権試合がしばらくできなくなる可能性があるのと

その間にもし、選手権試合を行った場合、NJCの意味がないから自分も出るよ。

ということだと思うんです。

 

非常に理にかなってますね。

新日本プロレス側はこれを拒否する理由は無い気がするんですけど

どうなんでしょうね?

 

デメリットとすれば、

 

・3王者の人気度合いが如実に出てくること

・負けた選手は他の王者にしばらく挑戦できなくなること

 

でしょうか?

・・

・・・

あんまりデメリットじゃないですね(笑

あなたはどう思いますか?

わたしはこの案はアリだと思います。

内藤哲也選手の提案にあなたは?

 

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

ディスカッションに参加

1件のコメント

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です