新日本プロレスは本当に話題がつきませんね!
それでは、はじめます!!ゴーングっ!

 


真壁刀義 選手生活20周年おめでとうございます!

この新日本プロレスという激しい競争社会で長年に渡って最前線を走り続ける姿は感動すら覚えます。

が、

動画でも言ってましたが、

 

「最近はオレらは外されてる気がするんだよ」

 

の言葉通り、G・B・Hは扱いがホント雑になってて見ててツライです。

IWGPタッグの軽い扱われ方、3WAYを悪くいうつもりはありませんが、やはり

選手権試合で採用するべき方法ではないと確信できます。

 

その怒りの現れがこのカードですね。

真壁刀義&本間朋晃  vs 矢野通&石井智宏

 

元・G・B・H対決です。

IWGPタッグ選手権試合でないのがもどかしいくらいです!

ぜひ、正面からツブしてほしいと思います。

 

会見中、終始一貫してるのが「媚びない」ということろでした。

媚びなくてもスゴい試合を見せれば勝手にファンはついてくる。

もう、納得する他ありません。

 

棚橋弘至 選手 中邑真輔 選手 が2TOPで新日本プロレスを盛り上げようとしていた時に

 

「オレは同じことをしていてはダメだ。

それなら逆の方向からやってやる」

 

という考え方からヒールの道を選びG・B・Hを結成し、

2TOPとの抗争でさらに新日本プロレスを盛り上げてくれました。

 

そして、怪我をして欠場中に「プロレスラー」という自分の立ち位置を再確認したこと

いまの若手に対する考え方、ベテランとしての接し方

芸能界との関わり方などなど

プロとしての信念、誇りビシビシと伝わってきました。

 

 

わたし的にはこういう選手にこそ、もっとスポットライトが当たっていいんじゃないかと思ってます。

いまの新日本プロレスは選手層が分厚いです。

その中で棚橋弘至 選手でさえ最前線から1歩引かざるを得ない状況になってます。

 

20年を「ただの通過点」と言い切る 真壁刀義 選手

これまでの20年、そしてこれからの20年に向かう「真壁ワールド」を全力で楽しんでいきましょう!

 

それにしても喋りが上手いですね(笑

その辺りは新日本プロレスワールドで確認してみてください。

きっと真壁ファンになると思いますよ!

 


それでは!

 

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投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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