【新日本プロレス】高橋ヒロムインタビュー 感想【週刊プレNEWS】

高橋ヒロム選手のインタビュー記事をみつけたので

それにたいする感想をお伝えします。

 

それでは、はじめます!!ゴーングっ!

 先日こんな記事がTwitterにあったので読んでみました。

 週刊プレイボーイのWEB版のようです。

時々プロレス系のインタビューが載るのでチェックするのもいいですよ。

 

では、その内容ですが、

自分がイギリスで芽が出なかったこと、そのためにメキシコで修行をしようと思ったこと
そのメキシコでドラゴン・リーというライバルに出会って、覚醒したこと

そんなことを話していました。

ちょうどファンタスティカマニアのころみたいでした。

この記事のなかで、高橋ヒロム 選手が思った以上にナーバスになっていた時期があることがわかります。

「自分がダメすぎて…すべてを変えたいと思ってメキシコ行きを決めた」

 

こんな言葉からはじまってますからね。

今の自信満々の姿からは想像もできません。

 

そして、出会った生涯のライバル ドラゴン・リー選手

彼もまたデビュー1年ほどでくすぶっていたようです。

でも、二人がであって化学反応が起きました。

 

「ああ、メキシコにもバチバチやる選手がいるんだ」と思ったと同時に

「俺、無理にルチャをやってたんだな」って。

彼に出会って、レスラーがリング上で何をすべきか思い出したし、

これからCMLLでどうやって生きていくかも気付かされたんですよ。

こんなふうに語っていました。

相当なやんでいたんですね。

その後は、メキシコ巡業での思い出話が続きます。
一日3試合くらいこなしていたとか、行った先で試合がキャンセルになったとか

良くも悪くもメキシコは自由な国なようです(笑

そんな高橋ヒロム選手ですが、立派に成長して2016年ファンタスティカマニアで来日していた

ドラゴン・リー選手に挑戦状を叩きつけ、その後ベルトを奪い一躍スターダムにのし上がりました。

そして、今年の1.5後楽園ホールでは前日、IWGP Jrを戴冠した高橋ヒロム選手に
ドラゴン・リー選手が挑戦状を叩きつけに来日した
と、いう流れになったようです。
この時、ドラゴン・リー選手はその週にメキシコで試合が組まれていたにも関わらず。
この乱入劇のためだけに来日しそのままとんぼ返りしたそうです!
それだけライバルとして注目をしていたということなんでしょうね。
高橋ヒロム選手もドラゴン・リー選手とならばどこでやっても最高の試合を見せる自信がある
そう断言していました。
海外でもこの両名の試合が組まれていたようです。
CMLLと新日本ジュニアの融合、大阪大会がますます楽しみになる話です。

この記事を書いている最中にドラゴン・リー選手のインタビュー記事も公開されていました!

 うれしそうに話すドラゴン・リー選手からも二人が相思相愛(!)なのがよくわかります!
それでは!!
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投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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