プロレスラーを目指していた自分が伝えられるもの

おはようございます。
みちつぐ です。

漢字だとよみにくいかと思いひらがなにしてみました。

さて、今日は

プロレスラーを目指していた私が伝えられるもの

をテーマにしてみます。

と、いってもそんなにかしこまったものじゃないです。
プロレスラーを目指している人には
トレーニング方法かな?
サブミッションかな?
とんな感じで考えているだけです。

どっちも文字で伝えるのって難しそうだなって
思ってます。
とくにサブミッションはなかなか伝わりにくそう(笑

どっちが知りたいものでしょう?
ぜひご意見いただきたいと思っています。

なにもなければ

お金をかけずにトレーニングする方法
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でも書いていきましょう。
今も昔も貧乏でしたから、いかにお金を使わずに
トレーニングするか?をいろいろ考えてましたから

それでもプロレスラーの入り口まではいけるんですよ?

ではまた明日

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感想やご意見をおねがいします。
たとえば

 

「自分にとってプロレスって◯◯だよ」
「ファンとして◯◯な人は嫌だ(好きだ)」
「一緒に観戦しに行く人が居ないんですよ」
「一緒に練習する相手がいないんです」

 

なんて一言でも構いません。
しっかり読んで参考にさせていただきます。
質問ありがたいですちゃんと回答します。

 

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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