この勇姿をまた日本で見ることは出来るのか?(写真は闘魂ショップより)

ついにケニー・オメガ選手の口から、これからの進路が語られました。

「悲しいことを言いたくないんですけど…」

という言葉から発せられたコメントは以下の通りです。

「来年はこのステージに立てないかもしれないですね。世界で活躍をしてもっと大きい形のベストバウトを必ず見せますので、プロレス大賞はこれで最後ではないかと思うんですけど…。またいつかはベストバウト、MVPをとりたいと思います。また会う日まで、グッドバイ&グッドナイト」
【出典:スポーツ報知】

これでケニー・オメガ選手は新日本プロレスを離れ、AEW(ALL ELETE WRESTLING)を主戦場とすることが決定的になりました。

ただ、本人の言葉を信じるならば「また会う日まで」を信じたいと思います。

噂されていた、新日本プロレスとAEWの提携もご破算になったというのも本当なんでしょう。

やはり強引な引き抜きにROHが激怒してAEWとの提携を許さなかった、そして新日本プロレスはこれまでのROHとの良好な関係を維持したかったということでしょう。

個人的な気持ちとしては、新日本プロレスも世界進出を目指すなら、すでに保身にまわっている感じがあるROHではなく、新興団体AEWと組んで欲しかった思いはありますが仕方ありませんね。

さて、これからAEWがどんな動きをみせるのは気になりますね。
それでは!

参考記事リンク
ケニー・オメガから悲しいお知らせ…平成最後のプロレス大賞授賞式


投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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