もっと・・・もっと!もっとおお!!!プロレスを楽しみたいんだぉ!

 

ということで今回もインタビュー総括です。

今回は LOS INGOBERNABLES de JAPON です!

 

まさに2016年は L・I・J 一色だったといっても過言じゃありませんでしたね。

そして2017年も中心になることは間違いありません。

 

なんせベルト独占しましたからねぇ

ということでまずは

 

 

次は IWGP Jr 初挑戦にして初戴冠という偉業を成し遂げた

 

高橋ヒロム選手

です!

 

色気がでてきていいですねぇ

完全に自分に酔ってる感じがとっても・・・

 

いいですね!レスラーはこれくらいでないといけませんよね!

 

そんな中にたくさんの本音がでてました。

 

「最高だよ。夢にまでみた瞬間だよ。」

「おれはIWGPジュニアのベルトとともに 一緒に旅をしていく。」

「もっといろんな選手来てくれよ!オレの前に!」

 

などなど、

そしてこの動画で一番印象に残ったコメントが最後のこの一言

 

「これだけ記者のひとがいるのに(質問がひとつだなんて)寂しいですね。もっと強くなったら・・・もっと質問してください。」

 

ここにIWGPジュニアの扱いが低いことへの怒りが込められていました。

度重なる KUSHIDA選手 への辛辣なコメントも根底に

「KUSHIDAさん!なにやってんすか?アンタ 新日本ジュニアを背負うって宣言したんじゃなかったのかよ?そんなもんなのか?・・・そんなんだからIWGPジュニアが軽く観られんだよ!!ふざけんな!!」

という思いがあるんじゃないか?と受け取れました。

 

2017年 高橋ヒロム選手がどんな形で IWGPジュニアの地位をあげていくのか?同じジュニア階級を目指していたものとして、また新日本プロレスファンとして期待を持って見守りたいと思います。

 

さて、L・I・J 最後の登場はこの選手です!!

 

・・・と、その前に

いやいや、お楽しみはあとにとっておきましょうよ。

トランキーロ!あっせんなよっ!(

まだいるでしょ?ロスインゴのパレハがさ!

 

NEVER6人タッグを取った

SANADA & EVIL & BUSHI 組です!

 

・・・って言いたいところなんですけど、もうご存知のようにこの3名インタビュー動画が無いんですよ!

 

まぁ一言コメントだけてパターンなのかもしれませんけどね。

翌日にはベルト失っちゃったし・・・

SANDA選手 浮上のキッカケだと思ったんですけどね。残念です。

 

なので次に進みます。

ま、これもディスティーノでしょう(笑

 

では、改めまして IWGP インターコンチネンタル防衛戦を見事な勝利で飾った

内藤哲也 選手 です!

 

パチパチパチ

いい顔してます。

 

内藤選手のコメントを聞いてて思ったのが

 

棚橋弘至選手への尊敬・憧れ

 

でした。

きっと、どこまでいってもこれだけは変わらないんだろうなって思います。

それが、おもいっきりキャラを作った喋り方にあらわれているように わたしは感じました。

 

「棚橋、はやくオレの所まで戻ってこいよ。」

 

と、いうリップサービスなコメントではなく、このあとの

 

「戻ってこようとすることは自由だから、たのしみにまってるぜ

 

こっちが本音ではないか?と思わせてくれました。

斜に構えながらも 逸材の復活 を一番願っているんじゃないでしょうか?

そうおもいたいです。

 

今後は マイケル・エルガン選手 との選手権試合もあるでしょう

その他の選手もきっとインターコンチを狙ってくると思います。

その中で  対 棚橋弘至 が実現し、より内容の濃い試合をしてくれるのを心から楽しみにしています。

 

さて、インタビュー総括も残すところ、あとひとりです。

そう レェェェェェベルが違う男 です。あ、外道さんじゃないですよ(笑

 

それでは!

<オマケ>

週刊プロレスのレッスルキングダム11 特集号のロスインゴのスペルが間違ってた(笑

持ってるひとは確認してね

 

では、また次回!

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!