【我思う故に我あり】2017/01/12

こんばんわ みちつぐです。

まぁブログなんだから、そもそも「ひとりごと」だよねって

意見もあるかなぁと思いますが、そこはスルーします(笑

というか意見ください。そうなれば対話になりますので!!

 

じつはですね。

 

いま、『私的 プロレス・スーパースターDX』のNo.002 を

一生懸命書いてる最中なんですが

最初にとりあげた ハヤブサ選手のことをね。

正直、伝えきれてない感 がすごいんです。

 

これは、私がFMWという団体をあまり好んで見ていなかった

というのも原因ではないかな?と思ってます。

 

やっぱりね、自分の好きな団体以外は思い入れが

すこーし薄くなってしまうんですよ。

 

わかります?

 

ここまで読んでくれた あなたならわかってくれるはず。

 

なんというか書いていても、いまいち熱量が足りないんですよ。

ほんとにね嫌いじゃないんですよ?

冗談抜きに ハヤブサ選手 は好きなレスラーのひとりでした。

 

なのにちょっと不完全燃焼な伝え方をしたように思うんです。

もっと、こう自分なりの切り口で魅力を伝えられたんじゃないかな?

って、もんもんとしてます。

 

ま、そんなことを言ってても先には進めないんで、気合い入れ直して

しっかりプロレスの楽しさ、魅力、すばらしさを伝えていきますよ!

 

しかし

誰かに何かを伝えるのってむずかしいですよね。

うーん、悩ましい(笑

 

そして結局、プロレスの話になってしまっているという(笑

 

それでは!!

投稿者: 矢後 至譜

1969年生まれ 大分県出身 小学校のころに見たタイガーマスクvsダイナマイト・キッド戦に衝撃をうけプロレスラーを目指すことを決意、中学から高校まで柔道部で主将をつとめあげて社会にでるとき、周囲の反対を押し切り、新日本プロレス学校へ入学、一度挫折をあじわい故郷へ帰るが、熱いプロレスラーへの夢を抑えきれずに再び上京、アニマル浜口ジムの門を叩き本格的にプロレスラーへの道を歩む。 しかし、25歳で最後のチャンスにかけていた時、トラブルに巻き込まれ頬に7針を縫うケガを負いその後に控えていた新日本プロレスの入門テストを準備が不十分なまま受けることになり、あえなく不合格になる。 「25歳までにプロレスラーになれなければ、あきらめる」と両親と約束をしていたため、やむなくプロレスラーへの夢をあきらめる 現在は、再びサラリーマンをやりながら、熱くて、ワクワクさせてくれるプロレスを、その熱量全開で伝えることで、周りの人の人生も、もっといいものにしてくれるものであることを発信中!

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